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Posted by TI-DA at

2011年05月11日

サンスタ支援金の振込みについて


サンスタ支援金の振込み先について

サンスタは、東北支援金の募金の他に口座を開設しました。


振込先は以下になります。

郵便局からの振込みについて

記号 17010 番号 10354401
比嘉 悠  (ヒガ ハルカ)


他金融機関からの振込み

店名 708
店番 708
普通預金   口座番号 1035440
比嘉 悠 (ヒガ ハルカ)



振込みされた方は、お手数ではございますが以下のMailアドレスにご連絡をお願いします。

サンスタ 比嘉 悠 (ヒガ ハルカ)

katariya86@gmail.com


今まで、多くの方から支援金を頂きました。
本当にありがとうございました。

  


2011年05月09日

南三陸町 #6




今日は南三陸町歌津地区“泊浜(とまりはま)”へ
友人と妹と3名で行ってきました。

友人はこれまでも何度も同行してもらった心強い相棒です。
(沖縄つながりです^^)

妹には「一度しっかり南三陸の様子を見てもらいたい」と思っていたので
声をかけて連れていきました。



泊浜は、瓦礫で道路が寸断されて
自衛隊の船が港に泊まり、そこから支援を受けていた地域。

沖縄移住前に、毎年海水浴に遊びに行っていたお気に入りスポット。

青空に映えるキレイな海はそのまま
だけど、海岸沿いには以前の面影すら残っていませんでした。



今日は知り合いの漁師さん宅にお邪魔して、
沖縄からの支援物資を運びながら、いろいろなお話を聞いてきました。


・野菜、果物(支援金にて購入)
・飲料水
・お菓子類(支援物資、旦那様のボスより頂いたもの)



皆さん、ご協力ありがとうございます!!

支援物資はここからご近所さんへと配られていきます。



在宅避難の方のお宅にお邪魔して、あんなに笑ったのは初めてです。
それもこれも、漁師さんのご家族の明るさ・逞しさのおかげ。

戻ったときの疲れがいつもと違うのは言うまでもありません。


お宅の庭から見える港では、復興作業に懸命な泊浜のお父さん達の姿。

そんな作業の中、途中まで迎えに来ていただきました。
(またまた道に迷って珍道中汗




前向きなエネルギーの素敵な地域。
「ずっと応援していきたいな」と思います。

2~3年後、海が復興して民宿が再開されたら
沖縄から『南三陸を楽しもう♪ツアー』をしたいですね。


沖縄から応援しながらそれを待つのも楽しいかな、と思います。




MIYUKI






  


Posted by sanstha at 23:42Comments(0)宮城日記

2011年05月07日

南三陸町 #5





昨日は朝7時前に南三陸町歌津地区に向け出発ぶーん
久しぶり一人ドライブとなった昨日は、なんだかとても遠く感じました。

なぜ、そんなに早く出発したかというと…
前夜のTwitterで
「5/5現在確認、南三陸町 歌津寄木地区、22名が避難している「漁屋民宿やすらぎ」は行政からの支援がなく、成人老若男女の下着・靴下・食糧・医薬品がまったくたりていない。水は井戸を利用。支援物資を、さかなみうらまで求む。(漁屋民宿やすらぎ宛と表示)」
との声を拾ったから。

できるだけ早く物資を届けたい!と思い
5時起きで前日到着したばかりの物資の仕分け&積み込み。

・食料(レトルト、カップ麺、スープ、調味料、黒糖など)
・お米
・飲料水
・靴下
・キュウリ(実家の両親より提供)


お持ちしました。




瓦礫の山も、既に見慣れた風景となりつつあります。
(これでいいのか、私っ!?)

「直接お持ちします」と言ったのはいいけれど、道がわからない…。

というよりは、
道が土を固めた“仮道路”なので、先に進んでいいものか不安で不安で。

車がハマッたら一人じゃどうにもできないし
戻りたくなってもUターンできるのかもわからない。

なので、戻れる場所から戻って、韮の浜の区長さんに道を尋ねました。

親切・丁寧に道を教えていただき
さっき「これ以上は無理でしょ」と思った先に目的地があると
区長さんの言葉を信じて進むこと約1キロ。

ポツリポツリと残る民家が見え、一安心。

どのお宅か分からなかったので、さらに近所の方に教えて頂き、無事到着。

物資を下ろし終え、自分の名前・住所をノートに記入していると
お母さんから「少し休んでいったら」と。

「少しお話しを聞かせてください」と話し
お言葉に甘えて、お邪魔させていただきました。




こちらの“漁屋民宿やすらぎ”さんは、
今年いっぱい予約で埋まっているほどの、人気の『体験型漁屋民宿』。

こちらに泊まって、お父さんの船で釣りに行ったり
時期になると貝とりやタコ漁も体験できます。

ご馳走はなんといっても、とれたての海の幸と美しい景色。

それが、あの日の津波で、船も養殖場も工場も全部流されてしまいました。




「津波の日、お父さんと息子がめかぶ採りに海に出ててね。
地震がきて、あまりにも揺れたからお父さんに電話したのよ。
でも、お父さんってば携帯を家に忘れていてね。
息子が機転を利かせて、すぐに戻ってきて…。
私は「船なんか要らないから、早く上がってきて!!」と叫んで。
家までの坂を登ってきてる時に、遠くに白波が見えて…。 危機一髪だった。
助けられるだけ声をかけて一緒に逃げてきたけど…。

 第一波が引いていくでしょ。その引き波で、第二波がどんどん高くなって。
そこの坂(玄関から3mくらいの場所)まで水が来たのよ。

 だんだん暗くなってくるし、雪も降り始めて。

 悪夢じゃないかって何度も自分の手をつねるんだけど、痛いのよ。
 だからね、悪夢じゃない、現実なんだって…。」



貴重な水を沸かして、レモネードを入れてくれたお母さん。
避難してきているおばあちゃんも交えて話しは進みます。



 「その夜は、近所から逃げてきた人たちとうちにいたんだけど
津波に流されて息子さんの手ひとつで助かったおじいちゃんが「寒い」と震えだしてね。
危ないと思ったから、車に乗せてエンジンをかけて温かくしてあげて。
それでなんとかしのいでね…。

 でもね、助かったその後が問題。

 翌日からヘリは飛んでるのに、気づいてもらえない。
食べ物は家にあるものだけでなんとかつないで…。
それもとうとう無くなったから、水が引いてからそれぞれの家に戻って冷蔵庫を覗いて。
海水が入らなかった冷蔵庫から、食べられる食料を持ち寄ってなんとかしてたのよ。
でも、お米だけは駄目ね。海水をかぶったら、臭くて食べられたもんじゃない。
おばあちゃんたちは「大丈夫」って言ったけど、それで病気になったらねぇ。

 それも無くなったから、ヘリにどうにか気づいてもらおうと
家の回り4ヶ所に赤い布を付けた棒を立てたの。それでヘリが気づいてくれて。

 でも、降りてきたのは物資じゃなくて、レスキュー隊2人。

 食べ物だと思って喜んだのにね、笑っちゃう。」



時々、笑いも交えながら、いろいろなお話をきかせてもらいました。
おばあちゃんのおうちの話、5月に予定していた寄木のイベントの話…。

最後に涙ながらに話してくれたお母さんの言葉がとても印象に残ります。



「全国からいろいろな人が来てくれたんです。
 みなさん、こんな所にまで物資を持って。

 私だったら、同じ事できるかな?って考えるの。

 わたしたち、今までお金だけだったのね。
 海があって、民宿して。

 でも、それだけ。

 今回、しみじみ思うんです。

 “こころ豊かに生きていきたい”って」



こんな体験をして、このような状況で
こころの豊かさを大切に思うお母さん。

「もとに戻るまで2~3年はかかるかな。
そうしたら、お手紙を送るから。
皆さんで遊びに来て、美味しいもの沢山食べていってね」

と、頼もしく優しいお母さん。

帰るときにも、手を振って見送っていただき、
私もなんともいえない気持ちで岐路に着きました。




MIYUKI










  


  


Posted by sanstha at 16:13Comments(5)宮城日記

2011年05月07日

小さなワイン屋 Granato(グラナート)

5月3日に首里当蔵のりゅうたん通りにあるワイン屋さん。
小さなワイン屋Granato(グラナート)さんが東北震災のチャリティイベントの
ワインの試飲会でした。



小さなワイン屋Granato  
那覇市首里当蔵町2丁目 TEL 098-963-9317



ワインは飲み慣れていない僕ですが。。。
「うまかった!!!」  ワインって美味しいんだ!!って初めて分かりました(笑)

そして、カレーに合うワインセレクトして頂きを購入しました。。。
美味しいワインを飲んでみたいと思う方は是非行ってみて下さい。
美味しいワインをセレクトしてもらえます!!!!










今回Granatoさんから多くの支援金を頂きました。

色々な方の思いが詰まった支援金を大切に使わせて頂きます。

本当にありがとうございました。





日々、色々な方が物資をもってSHANTIに訪れてきます。

本当にありがたい事です。
物資が集まった時点で、火曜日に限らず物資を発送しています。


今までに送った物資のダンボールの個数は
なんと44個!!!!


本当にありがとうございました。


そして東北支援に協力してくれているM's FITNESSの又吉さんが、
17日以降の毎週金曜日
東北の支援金集めのイベントとして
「名護市民会館」で早朝YOGAを始めるそうです!!

興味のある方は是非参加してみてください。

僕も、5時に那覇を出発して早朝yogaに行きます!!

  

Posted by sanstha at 12:22Comments(0)沖縄日記

2011年05月06日

ボランティアさん向け炊き出し 2日目





こんばんは!!

行ってきましたぶーん
本日もボランティアさん向け炊き出し。


主催はNPO法人・自然農園さん。

場所は昨日と同じく、石巻専修大学。

こちらは石巻ボランティアセンターの拠点。
皆さん大学のグラウンドに自前のテントを張って活動されています。
震災直後は自衛隊の方々も大勢テントを張っていたとか。
(現在はボランティアさんのみになっていますが)

全国各地から大勢の方々がボランティアに来られています。
学生さんや社会人でお仕事がお休みの方々、
NPO団体やピースボートの方々、外国からのボランティアさんもたくさん。

皆さん、一日中“泥かき”などのハードワーク。



GWボランティアさん達の第1陣が昨日で撤退したので
今日は少な目のコロッケ提供。


5日(木) ハムサラダフライ 1200個
6日(金) かにクリームコロッケ 700個



当然のことなのですが、ボランティアさんは全てにおいて自己完結しなければなりません。
(寝る場所、食べるもの、現地(ボランティアセンター)までの移動などなど)

食事は自分達でレトルトを温めたり
カロリーメイトみたいなものが多いようです。

今日はセブンイレブン(コンビニ)の移動販売車が来ていましたし
ボランティアさん向け炊き出し専門の団体さんもいらっしゃいます。

みなさん、自前食料はお持ちですが
足りないものを購入したり、炊き出しのものを食べたり
自分達でコンロを調達して調理したり…、と様々です。

そんな中、『揚げ物』は滅多にお目にかかれないお料理。

揚げたてのコロッケはとても好評でしたおすまし



皆さん一日中過酷な状況下で働いてきているのに
疲れを感じさせない、爽やかで素敵な笑顔が印象的でした。


私もいつかどこかにボランティアに行ったとき
皆さんのような笑顔で動くことが目標になりました。



MIYUKI














  


Posted by sanstha at 22:07Comments(2)宮城日記

2011年05月05日

ボランティアさん向け炊き出し




こんばんは!!

今日は石巻市にある石巻専修大学に
ボランティアさん向け炊き出しのお手伝いに行ってきました。

約1,000個のコロッケを4人で提供してきました。


先ほど家に戻り、
眠気に負けそうなので、詳しくはまた明日…。



MIYUKI



  

Posted by sanstha at 21:52Comments(2)宮城日記

2011年05月03日

南三陸町 #4




こんにちは!!

GWですね。
被災地以外でも、いろいろな意味で、
例年と違った過ごし方をされている方も多いと思います。

沖縄は梅雨入りしたとか…。
宮城は昨日は暴風。
各沿岸地域では復興作業がお休みになった所も多かったです。

でも、外作業以外にも、作業は山積み。
日本全国各県からたくさんの方々が応援に来てくれています。

とても有難いです。



前回の記事にGW中は被災地沿岸部は遠慮します、と書きましたが
急ぎのニーズを拾ったので、一昨日(1日)急遽南三陸町まで行ってきました。

南三陸町はGWを境に、大幅な避難所編成が行われます。
それに伴い、生活用品が足りないということで運んできました。


・紙皿、割り箸、コップ、おわん
・パンパース
・BOXティッシュ、ウエットティッシュ
・トイレットペーパー
・赤ちゃん用品(ミルク、おしりふき等)
・飲料水

ご支援いただいたみなさま、ありがとうございます!!



届けた先は、南三陸町ホテル観洋の保育所兼託児所“マリンパル”。

ホテル観洋では、これから最大で600名の避難者を受け入れるそうです。
(現在は従業員で被災された方約80名が避難されています)

赤ちゃんや子供たちも増えるということで、そういった子供用品も
全国各地からの支援物資が届いていました。
アマゾンのBOXも、ちらほら…。
アマゾンで購入した物資を直接被災地に送ることも出来るようになりました。
(一部、宅急便が届かない地域もあると思うので要確認です)

マリンパルで物資の仕分けをしていたのは
卒園生の小5の女の子と中学生の女の子2人の合わせて3人。

しっかり者の彼女たち。
一人の先生が忙しく切り盛りする中、たくましいサポートでした。






被災地に行く度
いろいろなお話を聞き、いろいろな人たちと出逢い
そして、いろいろなエネルギーに触れています。

一日行くとその日の出来事を整理するのに丸一日以上かかります。

宮城に来てから2週間。
様々な事がありました。

避難所と在宅。
双方でいろいろな問題があります。

まだまだメディアに登場することもなく
大変な思いをされている地域、そこに住む方々も多いと思います。

メディアに出る、ということは
それを見ている人たちに現状が伝わるということです。

そうすると、人や物資やいろいろな温かい気持ちが集まります。


私が行った南三陸町、とくに歌津地区は、はじめは全然… でした。
でも、メディア以外でもmixiやツイッターで発信してくれる方々がいて
その結果、大きなNPOやNGOの団体さん、
ボランティアさん達(個人ボラさんも)が集まっています。

一昨日は広島県から来たNPO団体さんに会いました。
歌津のある集落で、炊き出しでお好み焼きを作っているそうです。

岩手から南下しながら調査しているという東京の方々とも会いました。

「うちに今、外国人のボランティアさんが来てるよ」という話も聞きました。





家にいるだけでも、いろいろな情報が集まります。
どこそこの誰が亡くなったとか、あそこは家が流されたとか…。

避難所の問題も行政がらみでいろいろと。
シンプルになりたいけれど、そうもいかないのでしょう。

人手は欲しいのに、ボランティアさんは一定数以上はおことわり。
ある地域では、300人のボラ希望者がいたのに150人で締め切り。
(でも、このような事は日常茶飯事ですが)

物資にいたっては、配りきれなくて倉庫を借りてまで保管するような状況です。




震災からもうすぐ2ヵ月。
いろいろな課題があります。

しっかり学んでいきたいです。



画像なしですみません。
MIYUKI









  


Posted by sanstha at 16:30Comments(2)宮城日記

2011年04月29日

南三陸町 福興市




こんばんは!!

今日は友人と母と3名で南三陸町福興市に行ってきました。


















地元JAのブースや、
同じく地元・南三陸町四志津川中学校の生徒さんたち。
山形からの有志の皆さんや、お隣登米市の皆さん…。

南三陸町の復興を盛り上げていこうと
いろいろな方々が笑顔で市を頑張っていらっしゃいました。

お客さんもいっぱいで、とても賑わっていましたよ^^。




今回の福興市。
これからは月1回のペースで定期的に行われていく予定だそうです。


青空の下に映える大漁旗が
漁師さんたちの「これからも海で頑張っていく」という力強さを感じ
元気をもらってきました。




これからのGW期間中は、各沿岸被災地にて大渋滞が予測されています。
無駄な渋滞は緊急車両や復興作業車両、
そして何よりも地元住民の方々の大変なご迷惑となります。

なので、明日以降は様子を見ながら内陸部にある避難所に物資を届けたり、
友人のマッサージのサポートをする予定です。


MIYUKI





  


Posted by sanstha at 22:15Comments(12)宮城日記

2011年04月28日

南三陸町 #3 その2




こんばんは!!

今日は昨日の日記の続きを…。


昨日の韮の浜の帰り、避難所を4ヶ所回りました。
南三陸町外にも、南三陸町の方々が避難されている避難所はたくさんあります。
ボランティアセンターでは、把握しきれない数です。

最近問題になっている、避難所の格差。
原因はわかっているのに、対応が追いつかない現実。
未曾有の大災害はまだまだ続いているのだと、改めて実感。

物資が行き届かない場所(ゼロではないけど少ない、とか…)があれば
そちらにもどんどんサンスタの支援物資を運んで行きたいと考えています。





まずは1ヵ所目。
南三陸町立入谷(いりや)小学校。

現在、約50名の方が避難されています。
はじめは300人以上いたそうですが、集団避難等で現在の人数に。

ここでは、支援物資の靴&靴下をお渡ししました。
津波の時のままの靴のお母さんがいて
「替えが無いから、新聞紙詰めて履いてたの。ありがとう」
ととても喜んでいただきました。
他の皆さんにも喜んでいただけて一安心。

この避難所の素晴らしいところは、
これまでノロウイルスやその他のウイルス系トラブルが一度も無かったということ。

ゴミはかなり細かくしっかり分別。 消毒の徹底。
呼びかける方々の努力と、みんなの協力の賜物だと思います。





2ヵ所目は、入谷小学校近くの公民館。
残念ながら皆さんお風呂タイムということでほとんどの方が不在。
(現在、約20名の方々が避難してきています)

お風呂はバスに乗って、ベイサイドアリーナへ。 週に1回です。
設備もないし、あったとしても水道が復旧していないのでお風呂は大変です。





3ヵ所目は、登米市米山にある善王寺(ぜんのうじ)小学校へ。





この小学校は廃校になっていたのですが
5月から南三陸町の戸倉小・中学校として再開されます。

全国からの応援メッセージが、廊下にたくさん貼られていました。
(上の写真はその一部です)

こちらの体育館には南三陸町から避難されて来ている方々が約50名。
主人のおばあちゃんがスパムを実家に大量に送ってくれたので、おすそわけ。
炊き出しをお母さん達が交代でやっているので調理法をお伝えしてきました。
(いつか“ちゃんぷるー”が献立に入るかも…)





4ヶ所目。登米市米山にある ゆうゆう館 という公共の施設。
こちらには南三陸町から避難されている方々が約20名。
ここでもスパムを。 対応は米山職員の方でした。




施設の目の前には平筒沼があり、今は桜が満開です。

いろいろなストレスや疲れがあると思いますが
この桜で少しでも癒されてくれたら…。 と思いました。


そうそう。
桜と言えば、仙台空港近くの道路沿いでも桜は咲いていました。

津波がかぶったはずなのに、それでもキレイに咲いている桜を見て
宮城入り初日から自然の持つ力を見せ付けられたのを思い出します。

友人が避難所でおばあちゃんにマッサージをした時
「昔は針を落としてもどこにあるか分かるくらいって海キレイだったんだよ。
だから牡蠣もワカメも成長早かったし、だげど、今はどんどん海も汚れて。
神様が掃除しなさいって言ってんじゃないがって思うんだ。」
と話してくれたそうです。

自然に生かされている自分を考えますよね…。

MIYUKI




  


Posted by sanstha at 23:16Comments(2)宮城日記

2011年04月27日

南三陸町 #3 その1




こんばんは!!

今日は3回目の南三陸町訪問。
南三陸町ボランティアセンター(通称ボラセン)に行ってきました。

最近、暴力団関係者、宗教団体等…
怪しい人たちが多いということで
個人で活動する際にも届け出たほうがいいとのこと。

南三陸町ボラセンのあるベイサイドアリーナは
大規模避難所で、度々メディアにも登場しますよね。

通路やフロアにはみ出して作っている避難者スペース。
プライバシーなどのかけらも無く、皆さんかなりお疲れの様子でした。
ストレスも我々が想像するよりも大変なのもがあると思います。


今日は天皇皇后両陛下がいらっしゃるということで、
通常でもパニック状態に近いくらいのワサワサ感なのに
さらに輪をかけてスタッフの皆さんも忙しそうでした。
(結局は歌津中学校を訪問されたようですが…)









行き道も帰り道も、相変わらず瓦礫だらけ。(同行の友人が撮影)
でも、色々な方々の頑張りで、行く度にキレイになっている感じがします。

今日は、韮の浜地区のお宅4軒をまわり、ヒアリング。
リウマチのおばあちゃんには、友人が足湯と体拭きを。

とても喜んでいただけて、私も嬉しかったです。



そして、今日はもうひとつ嬉しいお知らせ♪

昨日の夕方より、韮の浜(一部除く)に電気がきました!!

いつもの動いていない信号が動いていたので、もしかして…と期待していたら
前におしゃべりしたおばあちゃんと偶然道端で遭遇。

昨日の夕方から電気が来た、と嬉しそうに話していました。

一部のお宅はまだですが
それでも、明かりのつけることのできる夜。

水道の復旧は5月連休明けとのお話も聞こえてきていますが
控えめに期待しています。。。



その後、同地区にある“つつじ苑”という養護施設へ。

足りないもの、早急に必要なのもはとくに無く安心しましたし
職員さんの対応もとても気持ちよかったです。



さらにその後、小さな避難所を4ヶ所回ってきました。

その報告はまた明日。



MIYUKI
  


Posted by sanstha at 22:19Comments(4)宮城日記